新作プロローグ(第1話)

 静岡県静岡市清水区某所にある美食倶楽部本部事務所。その重役室で、重鎮ジョイトイが1人、経理業務に追われていた。
「んっ……。なんだこの領収書は? 伊豆の有料道路だって? 最近、倶楽部の用事で伊豆に行った話なんて聞いてないぞ。おそらくこりゃ誰かが、伊豆の白浜に水着のお姉ちゃんでも見に行った際の費用を、経費で落とそうとしているに違いない。ったく、とんでもない話だ」
 ジョイトイが独り言を呟いた後、決済印を押さずに書類をブチ破いたところに、同じく美食倶楽部の重鎮であるNOVが入室して来た。
「やぁ、NOVさん」
「ジョイさん、お疲れっす。今日もこんなにたくさんの手紙が届きましたよ」
「やれやれ。困ったものですなぁ……」
 ジョイトイがそう言ったのは、手紙の内容がクレームと判り切っていたからである。
 平成20年3月に実施された『名古屋食い倒れの旅』以来、新企画の実行および報告を怠っている美食倶楽部に対し、ファンからのクレームが殺到しているのだ。
「この際、我々だけで何かやっておきますか?」
 提案したNOVに対し、ジョイトイは首を左右に振った。
「いや、それは危険でしょうな。あの大バカ野郎が前面に立ってアホなことをしないと、ファンは納得しないでしょう」
「それはゲンさんのことですよね?」
「ええ」
「そうだと思いました。しかしゲンさんは、『名古屋食い倒れの旅』から帰って来るのと、ほぼ同時に姿を消してしまった」
「(ブログを始めてからの)2年半に渡ってハードな企画を連続でこなしたことで、肉体的にも精神的にもボロボロになったと言っていましたからね。無理もない話ですよ。あの短期間で、あれだけ濃密な企画をこなしたら、誰だって、ちっとはゆっくりしたくなる」
「いったい今、どこにいるんでしょうかね、ゲン会長は?」
「さてねぇ。会員全員に念入りに聞き込みをしたものの、具体的な居場所を知る者は、1人もいませんでしたから。旅立つ前、どこか鄙びた温泉にでも行くつもりとは言っていましたけど」
「打つ手なしですか。困ったものです」
 ぼやくジョイトイにNOV。そこに急な一報がもたらされる。 (つづく)