新作プロローグ(第6話)

 SPの問いかけに、みすぼらしい格好の男が応えた。
「いかにも、私がゲンだ。もっとも美食倶楽部の会長だったのは、昔の話だがね」
 しらばっくれても、おそらく相手に正体が暴かれていると察したゲンは、正直に名乗った。
 するとSPに代わって、首相が彼の面前に出た。
「ゲン君、君の事を探したよ。第5〇代内閣総理大臣だ。今日は折り入って君に話があって来た」
「俺に話? なんだい?」
 総理大臣を目の前にしても、差して恐縮する様子もなくふてぶてしい態度でゲンは応えた。
 総理大臣は身を乗り出して、彼に告げる。
「ブログを再開して欲しい」
「断る」
 間髪入れずに応えた後で、ゲンは続けた。
「ここに来る前に、当然、美食倶楽部の事務所には顔を出したんだろう? だったら、そこで聞いたとおりさ。2年半に渡る無茶企画の連続で、俺は体も心もボロボロだ。しばらくゆっくりさせてもらうつもりだから、第一線に戻るつもりはない」
内閣総理大臣の私が、こうして頼んでいるんだぞ!」
「総理大臣に頼まれようが、そこいらの町内会長に頼まれようが、俺の意思は変わらん」
「どうしたら復帰してくれる? なんなら私の権限で、国家予算の1割を美食倶楽部に支給してもいいんだぞ!?」
 金銭での懐柔を目論む総理大臣を、ゲンは冷ややかな目で見返した。
「あんたもしつこい人だな。いくら金を詰まれても、俺も美食倶楽部も動かんわい。さぁ、いい加減に帰ってくれ」
「しかし……」
 なおも食い下がろうとする総理大臣に、同行していた孫娘が声をかけた。
「おじいちゃん、もういいよ」
 彼女の言葉が意外だったのか、総理大臣は驚き顔で、孫娘の顔を覗きこんだ。
「急に、どうしたと言うんだ? 君の病院生活における唯一の楽しみが、取り戻せるかどうかの、せとぎわなのに」
「それが自分の我侭だってことに気がついて。命を懸けた危険な企画に無償で挑むゲンさんに、誰も無理は言えないし、強制はできないもの……」
 言葉を終えた彼女の目には、涙が浮かんでいた。 (つづく)